
例えば、小さいお子さんに「何か怖い話を聞かせて」と言われたら、あなたは何の話を選びますか?
怖い話と聞いて思い浮かぶ話は、人によってさまざまでしょう。
「八尺様」や「リゾートバイト」などの都市伝説。
「口裂け女」や「てけてけ」「メリーさん」のような現代怪談。
「トイレの花子さん」や「赤いちゃんちゃんこ」などの学校の七不思議。
ただ、幼児や小学校低学年に語るとなると、これらの話は刺激が強すぎたり、物語が長すぎたりします。
そこで今回は、子どもに話すのにちょうど良い怖さの怖い話を、「日本昔話」の中から選んでみました。
昔話には、子どもにちょうどいい怖さを持った物語がたくさんあります。
親が語りやすく、子どもが想像しやすく、印象に残る場面が多いのが昔話の特徴です。
今回ご紹介する話は、次の基準で選定しました。
| 〇 あまり有名すぎない 〇 大人が覚えて語れる構成 〇 幼児でもイメージできる怖さ 〇 話として面白く、印象に残る展開 |
「昔話なんて地味」、「知っている話ばかりなのでは?」と思った方にこそ、ぜひ読んでほしいラインナップです。
日本昔話として伝わる”ちょうどいい怖さ”の物語を7つご紹介します。
目次
1. 日本昔話の「怖い話」7選
死してなお牙をむく、化け猫の恐ろしい執念
(1) 猫と南瓜

<概要>
子どものいない夫婦が育てた猫が、やがて人を襲う怪異となり、退治されたあとも恐ろしい姿を見せます。
<物語>
夫婦と猫
むかしむかし、ある漁村に年を重ねた夫婦がいました。
夫婦には子どもがいなかったため、代わりに何か動物を飼おうかと話していたある日、小さな鳴き声が畑から聞こえます。
見ると、まだ目も開かない子猫が軒先で震えていました。
「よしよし、この子猫を育てよう」
夫婦はそう話して、猫を家の中へ迎え入れました。
猫かわいがり
その日から、猫は二人の暮らしに溶け込んでいきます。
夫婦は猫を膝に乗せ、名を呼び、日々かわいがりました。
女房は毎日、自分の魚を半分ずつ分けてやりました。
猫は喜んで魚を食べ、日に日に大きく育っていきます。
ニャーと鳴けば可愛くて、欲しがるものは何でも与えてしまう。
一年も経つ頃には、子猫はでっぷりと太った大猫になっていました。
六部の警告
その年の秋のはじめ、巡礼の六部が一夜の宿を借りにやってきました。
夫婦は喜んで六部を家に招き入れました。
しかし、家に入るなり六部は猫をじっと見つめ、夫婦に言いました。
「悪いことは言わぬ。この猫を、すぐに追い出しなさい」
夫婦はあっけにとられます。
「なぜですか。私たちはこの猫を我が子と思って育ててきたのです」
六部は女房を鋭く見据えました。
「女房殿には死相が出ております。この猫は“女房さえ死ねば魚を独り占めできる”と考えていますぞ」
夫婦は思わず顔を見合わせました。魚を半分分け与えていることなど、六部が知っているはずがない。
背筋にひやりとしたものが走りました。
六部が猫を追い出す
六部の言葉に従い、夫婦は渋々ながら猫を手放すことにしました。
抱かれていた猫は、何も知らぬ顔でゴロゴロと喉を鳴らしています。
女房は胸が締めつけられる思いで、その体をそっと床に下ろしました。
次の瞬間、六部は錫杖を振りかざしました。
「エイッ!」
錫杖は猫の体に当たり、猫はギャッと叫んで脚を引きずりながら逃げていきました。
夫婦は胸を痛めましたが、六部に逆らうことはできず、ただ猫を見送るしかありませんでした。
それから、猫は二度と姿を見せませんでした。
「きっと、どこかで死んでしまったのだろうな」
夫婦はそう思い込み、寂しさを抱えながらも日々の暮らしを続けていきました。
六部の再訪
それから冬が過ぎ、翌年の秋になりました。
六部がふたたび村を訪れ、夫婦の家に泊まることになります。
その夜、女房は六部をもてなそうと、山菜や魚を用意していました。
そしてその中には大ぶりの南瓜がありました。
六部はその南瓜に目を落として言いました。
「その南瓜はどこで取ったものか?」
女房はきょとんとしました。
「これは裏の野で取ったものですが…」
しかしよく見ると、皮の一部に黒ずんだ筋が浮かび、ところどころ湿ったような光を帯びています。
生温い土と血を混ぜたような匂いが鼻をつき、女房は思わず口元を押さえました。
六部は続けて言いました。
「これはあの猫の体の続きでござる。死してなお、執念を残しておる」
猫と南瓜
亭主は青ざめ、女房は声も出せず南瓜を見つめるばかりでした。
六部は提灯を取り、夫婦を伴って南瓜を取ったという裏の野へ向かいます。
「この実の根を、掘ってごらんなさい」
亭主が震える手で土を掘り返すと、そこには猫の首が埋まっていました。
両の眼窩からは蔓が伸び、南瓜の茎となって土上へ伸びていたのです。
六部はそれ以上、多くを語りませんでした。
ただ南瓜をじっと見つめ、灯りの下に落ちる影の形を確かめるように立ち尽くしておりました。
<背景と解説>
「猫と南瓜」は、いわゆる化け猫譚のひとつです。
猫が長年飼われることで妖力を得て人を害する、という発想は全国的に見られ、「化け猫伝説」「猫又伝説」と呼ばれる系譜に属します。
この話の特徴は、猫が退治されたあとも執念を残し、南瓜の実となって現れる点にあります。
死後もなお祟るという展開は、日本の怪談に多い「死しても尽きぬ怨み」の典型例といえます。
また、六部(巡礼僧)が異形を見抜く役として登場するのも特徴的です。宗教的権威が「異界を暴く」役割を担うのは、各地の怪談でよく見られるパターンです。
闇の中を追いかけてくる山姥、頼りは三枚の御札
(2) 三枚のお札

<概要>
和尚から授かった三枚のお札を手に、山姥に追われる小僧の逃走譚です。
夜の山、迫る足音、呪文で働く札の力、そして呆気ないコミカルな結末、日本怪談らしい怖さと滑稽さが同居した物語です。
<物語>
お寺の和尚さんと小僧
むかしむかし、とある村に小さな寺がありました。
寺には和尚と幼い小僧が一緒に暮らしていました。
小僧は元気がよくて、好奇心のかたまり。
掃除より外遊び、経よりいたずらが好きで、和尚を困らせてばかりいました。
和尚はたびたび眉をひそめながらも、小僧のことを可愛がっておりました。
栗拾いに行きたい小僧
ある日、小僧は和尚に「山へ栗拾いに行きたい」と言いました。
しかし山には恐ろしい山姥がいます。
和尚は強く反対しましたが、小僧のしつこさに根負けしてしまいました。
「必ず夕暮れまでには帰るように」
和尚はそう言って小僧が山へ行くことを許し、三枚のお札を渡しました。
「もし山姥に出くわしたら、この札に願いをかけて使いなさい」
山姥のいる山へ
小僧は喜んで山へ向かい、栗拾いに夢中になりました。
袋いっぱいに詰めているうちに、あたりはすっかり夕暮れです。
風が冷たくなり、木々の影が長く伸びはじめました。
「しまった、夕暮れまでに帰ると約束したのに……」
人の姿もなく、心細さが次第に募ってきます。
山中の老婆
ふと気が付くと、いつの間にか小僧の前に老婆が立っていました。
老婆の目元は優しく、声も柔らかです。
「暗い山道は危険じゃ。今夜はうちに泊まりなさい」
心細くなっていた小僧は、ほっと胸をなでおろしました。
老婆に案内され、小さな囲炉裏のある家へ入ります。
温かい食事をごちそうになり、小僧は安心して眠りました。
山姥
夜が更けた頃。
かすかな音に目を覚ました小僧は、囲炉裏のそばで何かを研ぐ老婆の姿を見てしまいます。
しゃり……しゃり……しゃり……
月明かりの中で、老婆の手には長い包丁が握られています。
顔つきも体つきも、先ほどとはまるで違っていました。
「……や、山姥」
小僧は息をひそめ、懐の札を握りしめました。
このままでは山姥に食べられてしまう、と考えた小僧は、必死に考えをめぐらせました。
一枚目のお札
そして小僧は、震えるような声で言いました。
「ばあさま、おら厠へ行きたい」
山姥は包丁を研ぐ手を止めて、小僧をじろりと見ました。
しばらく考えてから、縄で小僧をしばりつけ、外の便所へ連れていきます。
便所の柱にくくりつけられた小僧は、懐から一枚目の札を取り出しました。
柱に札を貼りつけ、小声で頼みます。
「おらの代わりに返事をしてくれ」
そして小僧は窓から抜け出し、闇の中へ駆け出しました。
しばらくして山姥が声をかけると、札が答えます。
「もう出たかえ?」
「もうちっと、もうちっと」
山姥が何度も呼びかけているうちに癇癪を起こし、ついに便所の戸をぶち破りました。
しかしそこにあったのは破れた札一枚、小僧はいません。
「だましたな、小僧!」
山姥は包丁を握り直し、闇の山道へ走り出しました。
二枚目のお札
小僧は暗い山道を必死で駆けました。
足元も見えず、栗の袋も途中で落としてしまいましたが、振り返る余裕などありません。
まもなく闇の奥から物凄い勢いで山姥が追いかけてきました。
小僧は懐から二枚目の札をつかみ、振り返って叫びました。
「大きい川、出ろ!」
札を投げた途端、背後の地面が割れ、大きな川がごうごうと流れはじめました。
しかし山姥は迷わず川へ飛びこみ、
「こんなもん、飲みほしてくれるわ!」
そう言って、ぐびぐびと水を飲み干してしまいました。
その様子を見た小僧は泣きながら、逃げつづけます。
しかし山姥は手が届きそうなほどに迫っています。
三枚目のお札
小僧は最後の札を握りしめ、叫びます
「火の海、出ろ!」
三枚目の札が宙に舞い、地面からめらめらと炎が燃え上がります。
しかし山姥はさきほど飲みこんだ川の水を吐き出し、火を一気に消し止めました。
「逃げても無駄じゃ!」
煙の向こうから、再び山姥の足音が迫ってきました。
お寺の和尚さん
小僧は足をもつれさせながらも、なんとか寺の門までたどり着きました。
懐の札はもう一枚も残っていません。
「和尚さま!山姥が、山姥が!」
荒い息で叫ぶ小僧を見て、和尚は山姥が出たのだと分かりました。
しかし和尚は慌てることなく、小僧に部屋の中にある大きな壺の中へ隠れるように言いました。
そして和尚は囲炉裏の火を整えて、餅を焼きはじめました。
やがて、寺の戸が大きな音を立てて開きます。
「小僧はここか!」
寺を震わせるような山姥の大声が響きました。
山姥の最期
寺に入ってきた山姥は、髪を振り乱し、包丁を握ったまま和尚に迫りました。
「小僧を出せ!どこへ隠した!」
しかし和尚は顔色ひとつ変えず、囲炉裏の前に座ったまま言いました。
「小僧を食いたいならば、わしと術比べをせんか」
「術比べじゃと?」
和尚は静かに言いました。
「おまえは山ほど大きくなれるか」
「簡単なことじゃ!」
山姥はぶわりと体をふくらませ、柱より高く、梁に届くほどの巨体になりました。
「では、豆ほどに小さくなれるか」
「簡単なことじゃ!」
山姥はみるみるうちに縮み、親指ほどの豆粒になりました。
次の瞬間、和尚はすばやく手を伸ばし、その豆を餅にはさみ込みました。
もちっ。
山姥の叫び声も聞こえぬまま、和尚はそのままぱくりと口に運んで食べてしまいました。
それから山姥が現れることはなくなり、小僧も以前より大人しく修行に励むようになったということです。
<背景と解説>
「三枚のお札」は、日本各地に伝わる山姥譚の代表的な昔話です。
山という異界に足を踏み入れた人間が怪異に襲われ、それを知恵・呪符・術比べで切り抜ける構成は、昔話・怪談・教訓話の要素をすべて含んでいます。
山姥は、山の神・精霊・妖怪が混ざり合った存在で、
– 山で働く者を試す者
– 人を喰う恐ろしい魔性
– 山の秩序を守り、富をもたらす存在
など地域により姿を変えます。
最後に和尚が山姥を術比べで倒すくだりは、「言葉」「姿形」「智恵」で妖怪を上回る仏法の力を表しており、民話と信仰が融合した構造になっています。
![]() | 作: 千葉 幹夫 発行日: 2010年07月 |
舌を抜かれて消えていた十六の命、静寂の谷
(3) 十六人谷

<概要>
山奥の谷で木こりたちが一夜で命を落とした話です。ひとりだけ生き残った老人が見たのは、恐ろしい精霊でした。
<物語>
山奥の谷
むかし、越中(今の富山県)の深い山奥に、一つの谷がありました。
その谷は昼でも薄暗く、霧がかかることの多い場所でしたが、良質の木々が生い茂り、木こりたちにとっては最高の仕事場でした。
この谷に、十六人の若いきこりたちと、一人の飯炊きの爺さまが小屋を建てて暮らしていました。
朝早くから夕暮れまで、彼らは山に分け入り、斧をふるいました。
コーン、コーンと木を伐る音が谷じゅうに響き、その音は木霊となって返ってきます。
爺さまの夢
ある晩のことです。
飯炊きの爺さまは、仕事の疲れでぐっすりと眠り込んでいました。
すると夢の中に、一人の美しい女が現れました。
女は長い黒髪を肩に垂らし、白い着物をまとっていました。
女は爺さまの前に立ち、静かに口を開きました。
「私は、この谷で一番大きな柳の木の精です。どうか明日、その木を伐らないでください。もし斧を入れれば、伐った者たちの命も尽きましょう」
爺さまはハッとして目を覚ましました。
冷や汗で衣が濡れていました。
――夢だろうか。それとも本当に精霊が現れたのだろうか。
爺さまは夜明けまで一睡もできず、ただ震えながら朝を待ちました。
届かない忠告
夜が明けると、爺さまは木こりたちを前にして必死に語りました。
「谷一番の大きな柳の木には、精霊が宿っておる。あれを伐ってはならん。命を落とすことになるぞ」
しかし若いきこりたちは笑って取り合いませんでした。
誰一人として耳を貸さず、かえって柳を伐ることで腕を試そうと意気込んだのです。
そして、十六人は一斉に斧を担ぎ、谷の中央にそびえる巨大な柳のもとへ向かいました。
巨大な柳
そして、木こりたちは谷の奥にそびえたつ巨大な柳に到着しました。
天を突くほどの大木で、幹は大人が五、六人で抱えても回りきれぬほどの太さでした。
枝はしだれ、風もないのにさらさらと揺れ、まるで柳自身が語りかけているようです。
木こりたちは斧を振り上げ、何時間も費やして幹に切り込みを入れていきました。
辺りが薄暗くなってきた頃、大きな音とともに柳は地響きを立てて倒れました。
その瞬間、谷に「ギャーッ」という女の悲鳴が響き渡り、木こりたちは思わず斧を取り落としました。
木こりたちは「きっと空耳だ」とお互いに言い聞かせるように話し、肩をすくめながら小屋へ戻りました。
柳の精の来訪
その夜、小屋に戻った木こりたちは、急に強い眠気に襲われました。
彼らはすぐに寝息を立て始めましたが、爺さまだけは眠れません。
昨夜の夢と、あの柳が倒れるときに響いた女の悲鳴が頭から離れなかったからです。
やがて、真夜中のこと。
小屋の戸が、きしむ音も立てずに開きました。
爺さまが身を起こそうとしたとき、冷たい風とともに一人の女が影のように入ってきました。
その女は爺さまの夢に現れた柳の精そのものでした。
女は眠っている木こりの枕元にしゃがみこむと、顔を近づけ、ふっと息を吹きかけました。
一人、また一人と、順番に息を吹きかけていきます。
やがて女は爺さまの枕元に立ちましたが、何も言わずに立ち去りました。
十六人の死
朝日が谷に差し込むころ、爺さまはぱちりと目を覚ましました。
「……皆の衆、朝じゃ。起きんか」
爺さまは一人ひとりの肩を揺さぶりました。
しかし、だれも目を開けません。
寝息も聞こえず、どの顔も土気色に冷たくなっています。
爺さまは恐る恐る布団をめくると、ぞっと背筋が凍りました。
十六人の木こりたちは全員、舌を抜かれて息絶えていたのです。
口からは血の跡もなく、まるで夜のあいだに言葉だけを盗まれたようでした。
それからというもの、谷では木を伐る者もなくなり、村人たちは誰も近づかなくなりました。
この出来事のあと、人々はその場所を「十六人谷(じゅうろくにんだに)」と呼ぶようになったのです。
<背景と解説>
この「十六人谷」は、富山県に伝わる山の怪異譚で、実際の地名にもなっている伝説です。
柳の木を“神木”あるいは“精霊の宿る木”として畏れる信仰がもとになっています。柳は川辺や谷筋など“境目”に生える木として、古くから霊的な存在と結びつけられてきました。また、山に住み込んで木を伐る職人たちは、木霊(こだま)や山の神に対する畏れを持って暮らしていました。
「十六人全員の舌が抜かれていた」という怪異は、
• 言葉を奪われる=山の理に逆らう者への罰
• 悪口・嘲笑・無視への報い
• 人の声を封じることで、霊側の静寂を取り戻す
といった象徴的な意味を持つと考えられています。
この話はただの恐怖譚ではなく、「人は山で生かされている存在である」という戒めを込めた昔話として語り継がれてきたのでしょう。
骸骨が歌って真実を暴く――欲深さが招いた不気味な復讐劇
(4) 歌う骸骨

<概要>
働き者と怠け者、二人の若者が江戸へ稼ぎに行きますが、怠け者の男が欲に目がくらみ、働き者の男を殺して彼の稼ぎを奪ってしまいます。やがて一年後、怠け者の男は歌う骸骨と出会います。
<物語>
二人の若者が江戸へ働きに出る
むかしむかし、ある村に二人の若者がいました。
一人は働き者の男、もう一人は怠け者の男。
ある年、二人は江戸へ出稼ぎに行くことにしました。
働き者の男は毎日まじめに働き、怠け者の男はやはり怠けてばかり。
一年が過ぎた頃、働き者の男はかなりのお金を手にしたので、怠け者の男も一緒に村へ帰ることにしました。
怠け者の男の裏切り
村への帰り道、山深い峠に差し掛かった時に、怠け者の男は考えました。
「あの男の金を自分のものにしてしまえば、むこう一年は働かずに遊んで暮らせる……」
怠け者の男は、働き者の男を山中に誘い込み、背後から襲いかかって命を奪ってしまいました。
そして、大金を独り占めした怠け者の男は、何食わぬ顔で村へ帰っていきました。
骸骨の歌
それから一年後、金を使い果たした怠け者の男は、再び江戸へと向かいました。
働き者の男を殺した峠を通りがかると、どこからか美しい歌声が聞こえてきます。
不審に思って歌声のする茂みの中を見てみると、なんと髑髏が歌を歌っていました。
驚いている怠け者の男に対して髑髏は、
「私を連れて行ってくれれば、いつでもどこでも歌います」
と言いました。
これは金になる!
そう考えた怠け者の男は、髑髏を手に取ると、江戸へ向かいました。
江戸での人気
江戸へやって来た男は、髑髏に歌を歌わせて見世物にしました。
物珍しさと不気味さで、歌う髑髏は大人気を博し、怠け者の男は見たこともない大金を儲けました。
やがて、殿様もその評判を聞きつけて、怠け者の男と髑髏をお城へと招きました。
お城へ呼ばれた怠け者の男は大喜び。
殿様の前でいつものように髑髏に歌うように促しました。
しかし、髑髏は歌いません。
時間ばかりが過ぎていき、殿様はだんだんと苛立っていきます。
怠け者の男は何とか歌わせようと苦心していると、髑髏はゆっくりと口を開きました。
髑髏の仕返し
「殿様」
髑髏が話し始めたことに驚いた殿様や家臣たちは、その言葉に耳を傾けます。
そして髑髏は続けました。
「私は一年前にこの男に殺され、金を奪われた者の髑髏でございます。私がこの男に同行して歌を歌ってきたのは、このように殿様にお会いして、この男の悪事を訴えるためです」
怠け者の男は慌てて髑髏を止めましたが、髑髏は続けて洗いざらいを話し続けました。
髑髏の話を聞いた殿様は大いに怒り、怠け者の男を磔の刑にしました。
そして、怠け者の男が磔にされたまま息絶える様子を見た髑髏は、
「これで恨みが晴れた」
と言ってカタカタと笑いました。
<背景と解説>
「歌い骸骨」または「踊る骸骨」と題される死者による復讐譚で、東北から九州まで全国的に知られている昔話です。
日本だけでなくアジアやヨーロッパにも類似した話は多く、グリム童話にも「歌う骨」という物語が収録されています。弟の手柄を妬んだ兄が、弟を殺して報酬を得るものの、最後はその報いを受けるという物語構成は全く同じです。兄の悪行を語るのが髑髏ではなく、弟の骨で作られた笛であることが大きな違いですが、これは日本の「継子と笛」のモチーフに共通するテーマです。
![]() | 編: 松谷みよ子 吉沢和夫 水谷章三 常光徹 |
鉄砲の玉を静かに数える猫、狙うのは主の命
(5) 猫と狩人

<概要>
猟師に拾われて育った猫は、やがて化け物となり、主の命を狙います。
7発の鉄砲の玉、1発の隠し玉。猟師と化け猫の攻防が描かれた怪談です。
<物語>
子猫との出会い
むかしむかし、ある村に一人の猟師がいました。
ある日、山から帰る途中、家のそばで子猫が鳴いているのを見つけました。
「行くあてがないのか。ならばうちで飼ってやろう」
猟師は子猫を家に迎え入れました。
猫は猟師によく懐き、膝に乗ったり、炉端で丸くなったりして、日々をともに過ごしました。
やがて猫は立派に育ち、猟師にとって大切な家族のような存在となっていきました。
猟師の鉄砲玉作り
ある晩、猟師は囲炉裏のそばに座り、翌日の山入りに備えて鉄砲の玉を作りはじめました。
火で溶かした鉛を型に流し込み、冷えて固まればひとつ、またひとつと並べていきます。
そのとき、不思議なことがありました。
炉端にうずくまっていた猫が、玉ができるたびに首をこくりと縦に振るのです。
一つでコクリ。
二つでコクリ。
三つでコクリ。
まるで数を数えているかのようでした。
猟師は眉をひそめました。
「……ふむ」
しばらく思いをめぐらせた猟師は、十二個の玉を作った後、猫が家の外に出ていくのを待って、気づかれぬよう隠し玉を一つ作りました。
どんな猟師も、いざというときに備えて余分の玉を持つ習わしがあったのです。
山の怪物
翌日、猟師は鉄砲をかついで再び山へ入りました。
鳥も兎も見えず、森はひどく静まり返っています。
夕暮れが近づくころ、猟師は背後に重い気配を感じました。
ぎらり――闇の奥に二つの目が光ります。
「化け物め……!」
猟師は鉄砲に玉を込め、闇の奥の気配を狙って引き金を引きました。
ズダーン!
しかし、手ごたえはなく、玉は「カチーン!」と乾いた音を立ててはじかれてしまいました。
怪物の目はなおも光り、じりじりとこちらへ近づいてきます。
猟師は二発目、三発目、と鉄砲を撃つ。
しかしすべて、「カチーン!」、「カチーン!」と弾かれてしまいます。
汗が背をつたう中、怪物はさらに迫ってきました。
隠し玉
猟師は必死に玉を込めては撃ち、込めては撃ちました。
そのたびに「カチーン!」と音がして、玉はことごとくはじかれます。
ついに十二発、すべての玉を撃ち尽くしてしまいました。
すると怪物は大きな口を開けて高らかに笑いました。
しかし猟師は、ふところに忍ばせておいた隠し玉をそっと鉄砲に込めました。
そして力を込めて引き金を引きました。
ズダーン!
「ギャアア!!」
今度こそ手ごたえがあり、怪物は耳を裂くような叫びを上げ、闇の奥へと逃げ去りました。
猫と茶釜のふた
次の朝、猟師は怪物が倒れたあたりを探しに行きました。
地面には十二発の玉が散らばり、そのすぐそばには、見覚えのある茶釜のふたが落ちていました。
「これは、うちの茶釜のふただ」
その周りには血の跡が点々と山奥へ続いています。
跡をたどると、そこには大きな山猫が息絶えて横たわっていました。
その毛並みは、家で飼っていた猫と同じ模様をしていました。
慌てて家に戻ると、やはり猫の姿はありません。
炉端の茶釜も、ふたがなくなっていました。
「やはり、お前だったのか……」
猟師は玉を作るたびに首を振っていた猫の仕草を思い出しました。
猫は玉の数を数え、すべて撃ち尽くす瞬間を待っていたのだと、猟師は悟ったのでした。
猟師は深く嘆き、山猫の亡骸を持ち帰ると、手厚く弔ったといいます。
<背景と解説>
この話は地域によって「猟師の隠し玉」「猫と茶釜のふた」など題が異なります。東北では「隠し玉」型、西日本では「茶釜のふた」型として伝えられています。
猫が鉄砲の玉を数える場面は特に印象的で、絵本や紙芝居で描かれる際は「一つでコクリ、二つでコクリ」とリズムをつけることで、子どもに強い印象を残すことができます。
また、他の化け猫譚(佐賀の「鍋島の化け猫騒動」、信州の「猫の怪」など)と並び、猫の妖怪観を知るうえで重要な一編とされています。
![]() | 著: 吉田 タキノ |
魚をよこせ、馬をよこせ、終わらない山姥の要求
(6) 馬方やまんば

<概要>
馬に干し魚を積んで山を越える馬方が、恐ろしい山姥につきまとわれます。
終わらない要求に追いつめられながらも、機転を働かせて山姥を打ち倒す昔話です。
<物語>
馬方と山の道行き
むかしむかし、ある村に馬方がいました。
ある日のこと。
彼は馬の背に干し魚を積んで、峠の先にある村へ向かうことになりました。
山道は深い森に囲まれ、昼なお薄暗い場所です。
「この魚を売れば、今夜はうまい酒が飲めそうだ」
馬方は鼻歌まじりに歩を進めます。
しかし、山の奥へ入るにつれ、不思議と背筋が寒くなっていきました。
山姥
峠道の曲がり角で、馬方はぞっとするような気配に立ち止まりました。
すると、木立の陰から老婆が出てきました。
髪は乱れ、目はぎらぎらと光り、口元からは鋭い歯がのぞいています。
「その荷物は魚だな。わしにも食わせろ」
山姥です。
馬方は逃げ出したい気持ちを必死に抑え、震える声で答えました。
「わ、わかりました。どうぞ……」
そう言って、干し魚を一匹、山姥に投げ与えます。
すると山姥は、パクリと一口で飲み込んでしまいました。
山姥の要求
馬方は一匹ずつ魚を投げて、逃げる時間を稼ごうとしました。
しかし山姥の食べる速さは凄まじく、馬の背の荷はあっという間に減っていきます。
とうとう最後の一匹まで食べ尽くすと、山姥は言いました。
「魚はもうないか、ならば、馬かお前か。どちらかを食わせろ」
馬方にとって、馬は何よりも大切な相棒です。
しかし自分の命に代えることはできません。
馬方は馬の手綱を手放して、走ってその場を逃げました。
背後で、馬が丸呑みにされる音が響きました。
池のほとり
馬方は必死に山道を駆け下りました。
しかし背後からは、ずしん、ずしん、と地響きのような足音が追ってきます。
「待て!次はお前を食わせろ!」
山姥の声が森にこだましました。
息が切れ、足がもつれそうになったとき、馬方の目に一つの池が映りました。
池のそばには大きな木があります。
「あの木に登って、やり過ごそう」
馬方はそう考えて、大きな木に登りました。
水面に映る姿
木に登った馬方は、枝の間に身を潜めました。
しかし池の水面には、木の上に隠れている馬方の姿が映ってしまっていました。
馬方を追ってきた山姥は、池に映っている馬方を見つけましたが、馬方は池の中にもぐっているのだと勘違いして言いました。
「ふん!水の中に隠れたって無駄だ!」
山姥は池に飛び込み、水面に映っている馬方をガブリと食べようとしました。
しかし山姥は馬方を食べることができず、深い池にはまってしまいました。
「よし、今のうちだ!」
その隙に馬方は木から飛び降りて、全力で逃げていきました。
山小屋
逃げに逃げた馬方は、ようやく山道の先に一軒のあばら家を見つけました。
「助けてくれ!山姥が追いかけてくる!」
しかし家には誰もいません。
馬方はとにかくこの家で山姥をやり過ごそうと考え、屋根裏に隠れました。
ところがその家は、山姥の住処だったのです。
「まったく、あの馬方はどこへ逃げたのか」
ぶつぶつ言いながら囲炉裏のそばに座り、独り言をこぼします。
山姥の弱点
とんでもない場所に逃げ込んでしまったと、馬方は屋根裏でガタガタと震えました。
しかしふと、山姥の独り言が耳に入りました。
「このまま床で寝るか、ネズミが怖いから釜の中で寝るか……」
馬方ははっとしました。
そういえば山姥はネズミが大の苦手だという話を聞いたことがありました。
そこで馬方は、そっと手を伸ばし、屋根裏の梁をガリガリと引っ掻きました。
「ひっ……ネズミか!」
音を聞いた山姥は、屋根裏にネズミがいると思いこみ、慌てふためいて釜の中に逃げ込みました。
蓋をしめ、身を縮めて震えています。
山姥の最後
釜の中へ逃げ込んだ山姥を見て、馬方は屋根裏からそっと降りました。
釜の上には、ちょうど大きな石臼が置かれていました。
馬方はそれを持ち上げ、釜の蓋の上に置きました。
「ふう、これで逃げられないだろう」
そして、かまどの中へ火をくべます。
ぱちぱちと音を立て、炎が釜の底をなめました。
「熱い!熱い!出してくれ!」
やがて火の勢いが強まり、釜の中から煙が立ちのぼります。
ごうごうと燃える炎の音の中で、やがて声も聞こえなくなりました。
夜が明けるころ、馬方はそっと釜の蓋をのぞきました。
そこには、もう何も残っていませんでした。
こうして、恐ろしい山姥は滅び、馬方は無事に村へと帰ることができたということです。
<背景と解説>
この物語は「三枚のお札」と並んで日本各地に伝えられている、山姥からの逃走譚のひとつです。
特に東北から中部地方にかけて多く語られており、「牛方と山姥」「馬方と山姥」「山姥の釜焼き」など、地域によって呼び名や細部が異なります。また、地域によっては山姥ではなく大入道などの妖怪に変わることもあります。
アニメ『まんが日本昔ばなし』(1976年放送)にも「牛方と山んば」として収録され、当時の子どもたちに強烈な印象を残しています。
![]() | 絵: 赤羽 末吉 |
夢か現か、幻惑の恐怖におとす化け狐
(7) かみそり狐

<概要>
ある村に、化け狐が人を惑わす噂が広がっていました。
退治に立ち上がった男は、油断の隙を突かれて恐ろしい幻の罠に落ちていきます。
<物語>
人を化かす狐
むかしむかし、ある山あいの村に、
人を化かす狐がすんでいました。
昼夜にかかわらず狐に狙われた者は、奇妙な幻を見たといいます。
お地蔵さまが笑い、枯れ木が娘に変わり。
ふと気がついた時には、全員が頭髪をつるりと剃られていた。
そんな話が絶えませんでした。
村人たちは狐を「かみそり狐」と呼ぶようになり、とても恐れていました。
ある日、一人の男が立ち上がります。
「もう放ってはおけぬ。狐など、わしが退治してくれる!」
男は村人たちに頼られ、気をよくしておりました。
化け狐を看破
しばらく歩くうち、
竹やぶの奥から、ひっそりと女のすすり泣く声が聞こえました。
「どうされました、おなご殿」
男が声をかけると、若い娘が顔を上げます。
「道に迷ってしまい、困っているのです」
男は胸の奥がざわつきました。
娘の足元に影がないことに気が付いたのです。
「おのれ、狐め!」
男がそう言って、手に持っていた松明を娘に投げつけると、娘はふっと炎の中に消えてしまいました。
「はっはっは、わしの目はごまかせんぞ」
男は勝ち誇ったように笑いました。
再び現れた狐
男がさらに竹やぶを進んでいくと、先ほどの狐を見つけました。
狐は男には気づいていません。
やがて狐は娘に姿を変えました。
腕には赤子を抱えており、そのまま近くの家の前へ歩いていきました。
そして家人たちは、大喜びで娘と赤子を家へ迎え入れました。
「あの狐、家の娘に化けて家人たちを騙すつもりだな」
男は大急ぎで民家の中へ駆け込み、驚く家人たちを押しのけて娘の前に立ちました。
「この女は狐だ!騙されるな!」
男が松明の火を近づけると、娘は悲鳴を上げて怯えながら赤子をかばいました。
家人たちも男を必死に止めようとしましたが、男は聞く耳を持ちません。
男の恐ろしい過ち
「さあ、しっぽを出せ!」
男はそう叫ぶと、娘に松明の火をつけました。
火は娘の着物にうつり、みるみるうちに娘と赤子は炎で包まれました。
家人たちは悲鳴をあげましたが、男には娘が狐だという確信があります。
しかし……
やがて火が消えた後に残っていたのは、狐ではなく娘と赤子の亡骸でした。
男は焦りを感じて、娘の亡骸に近づきました。
そして、それは間違いなく人間の亡骸であり、狐ではありませんでした。
男の罪
家人たちは、男の凶行と突然の娘の死を前に、ただただ呆然としています。
ようやく男は気づきました。
「そうか、俺は狐に騙されたのだ」
狐はわざと俺に化けるところを見せたのか。
あれこそが狐の罠だったのか。
「ああ、俺は何ということをしてしまったのか……」
家人たちの冷たい視線と、罪の意識に耐えられなくなった男は、ふらふらと家の外へ出て行きました。
旅僧の訪問
男がとぼとぼと道を歩いていると、向こうから旅のお坊さんがやってきました。
それを見た男は、お坊さんにすがりついて、自分がしてしまったことを話しました。
お坊さんは黙って男の話を聞きました。
「お坊さま、どうか俺を弟子にしてください」
男は泣きながらお坊さんに頼み込みました。
「仏門に入りたいのであれば、まずは剃髪をせよ」
お坊さんはそう言って、ふところから剃刀を取り出しました。
男は両手を合わせて目をつもり、娘と赤子に心の中で何度も何度も謝りました。
その瞬間、男の頭に激痛が走りました。
「痛い!」
男は思わず叫びそうになりましたが、我慢するしかありません。
しかしその痛みは次第に鋭くなり、とうとう男は叫びました。
「も、もうやめてください!」
かみそり狐
その時、背後から笑い声が響きました。
男が不思議に思って後ろを向くと、そこには村人たちが集まっていました。
村人たちは笑いながら男に言いました。
「お前、そこで何をしているんだ?」
男は泣きながら答えました。
「俺は狐と間違えて、娘と赤子を焼き殺してしまった。だから仏門に入るために頭を剃ってもらってるんだ」
それを聞いた村人たちは再び大笑い。
「お前も狐に騙されたな。さっきから狐がお前の髪を食いちぎっているぞ」
そこで男は気が付きました。
お坊さんだと思っていたのは、かみそり狐だったのです。
かみそり狐は笑いながら竹やぶの中へ消えていきました。
そして男はすべてが幻だったことに安心して、その場でへなへなと座り込んでしまいました。
<背景と解説>
「かみそり狐」は、東北から九州まで各地に伝わる怪異譚で、古くは群馬・岩手・宮城などの山間部を中心に語られてきました。
『日本昔話通観』(関敬吾編)にも「狐の化かし譚」として百件以上の採録があり、特に群馬県利根郡新治村(現・みなかみ町)の記録が代表的です。
この物語の構造は、『西鶴諸国ばなし』の「狐四天王」や、『陽伽藍記』巻四の「狐、人の鬚を剃る話」とも系譜的に結びつくとされます。つまり、かみそり狐は「人をからかう化け狐」ではなく、“人の心そのものを化かす”狐譚の系譜にあるといえるでしょう。
![]() | いもとようこ 文・絵 |
2. 日本昔話の「怖い話」の魅力
2-1. 怖い話の魅力は「安全な場所で、非日常を体験し、人と感情を共有できること」
怖い話を「怖い」と感じながらも、なぜ人はそれを楽しむのでしょうか。
人が恐怖を感じる時、脳内でアドレナリンやドーパミンが分泌されることが判明しているそうです。これは、危険を感じながらも実際には安全である状況(たとえばお化け屋敷やホラー映画)では、恐怖と快感が同時に生じるためなのだとされています。注1
この「安全な恐怖」は、現実の危険から距離を置いたままスリルを体験できる娯楽の一種といえます。
つまり、怖い話の魅力とは、
安全な場所で、非日常を体験し、人と感情を共有できること。
それが、怖い話が昔も今も変わらず人々を惹きつける理由といえるでしょう。
2-2. 子どもと怖い話をする時間は、“ドキドキ”を共有できる貴重な時間
「怖いのに聞きたい」という子どもの行動にも理由があります。
子どもたちは5歳~10歳頃にかけて「恐怖の予行演習」を行うようになるといわれています。子どもたちは怖い話を通じて、不安や恐れを「安全な形」で試しているのあり、怖い話や怪談を語りで体験することで、「怖くても大丈夫」「どうすれば逃げられるか」「誰に助けを求めるか」など、感情の処理や危機対応を模擬的に練習しているそうです。注2
子どもにとって「怖い話を聞くこと」は、
親や友達と“ドキドキ”を共有できる貴重な時間
でもあります。
「一緒に怖がる」という共感体験が、安心感や信頼関係を深めるきっかけにもなるのでしょう。
2-3. 子どもに怖い話を聞かせる2つの教育的価値
怖い話を聞かせることには、意外にも教育的な価値も見出すことができます。
まず一つは、感情の整理力を育てることです。
怖い話の中で感じる“恐れ・驚き・安心”といった感情を語り合うことで、子どもは自分の心の動きを理解する練習ができるでしょう。
次に、倫理観や想像力の芽生えです。
昔話に登場する妖怪や化け物は、“悪い行いへの戒め”や“人の心の歪み”の象徴と言うことができます。
子どもがそれらを通して「やってはいけないこと」「優しさとは何か」を考えるきっかけになるでしょう。
3. まとめ
怖い話を語る文化は、どんな時代にも消えずに残っています。
それは、人が本能的に“恐れ”を必要としているからかもしれません。
恐怖は不快な感情である一方で、私たちに「どう生きるべきか」「何を大切にすべきか」を考えさせてくれる感情でもあります。
だからこそ、昔の人々は“怖い話”の形で恐れを物語に閉じ込め、子や孫に語り継いできたのでしょう。
現代の親子が昔話を通して怖さを共有することは、かつて火のそばで物語を囲んだ時間を取り戻すことでもあります。
そこには、ただの娯楽を超えた「人の心をつなぐ力」があるのではないでしょうか。
怖い話のメリット
• 心のトレーニングになる。
• 親子で共有することで、笑い話に変わる。
• 怖い話が、他の昔話への入り口になる。
“怖さ”とは、本来、生きる力の裏返しです。
それが、昔話が今も語り継がれるいちばんの理由なのかもしれません。
参考
注1.「恐怖体験でアドレナリン・ドーパミンが放出され、危険を感じながらも安全な状況では恐怖と快感が同時に生じる」について
“The science of scares: what makes us love fear”
https://newsroom.uw.edu/blog/the-science-of-scares-what-makes-us-love-fear
・NATIONAL GEOGRAPHIC
“This is why getting scared can feel so good”
https://www.nationalgeographic.com/science/article/why-fear-feels-good
・National Library of Medicine
“Dopamine and fear memory formation in the human amygdala”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9095491
注2.「子どもが怖い話を通じて“予行演習”として不安/恐れを安全に試す」について
“How Scary Stories Help Kids Learn to Handle Fear in Real Life”
https://www.thecut.com/2016/09/scary-stories-help-kids-learn-to-handle-fear.html
・PubMed Central
“Neurobiology of Infant Fear and Anxiety: Impacts of Delayed Amygdala Development and Attachment Figure Quality”
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7914291






